Home, sweet home 椎名林檎の「ぽくない」曲と
好きで生きているわけではないからこそ
36協定を越えない奴は社員として認めない(挨拶)
こんばんは、俺です。という感じで、絶賛炎上中。
というより、「そういう体質」の会社に勤めているので、転職以来まあプライベートは踏みにじられっぱなしであるわけで思わず転職アプリに職務経歴を書き込む「趣味」を始めてしまうわけだが、一心に書いたもんを読み返してみるとまあまあ見栄えがするもので、それでもこんなもんしか儲からんのであれば、やっぱりニューラルAIと機械翻訳の波が一つ収まるまでは当分しんどいばかりでQOLは変わらんのではないだろうか。
ゲーム翻訳のPMなんかやるなって話とか諸々見聞きするにどこもあまり変わらん印象。
言語の壁を抜ける手段を手に入れると、そのためになかなかないような規模の仕事や出会いと関わることができるようになるわけだけど、その上で、言語の壁なんか問題にもならないやつらによって世界が回ってることがはっきりわかるわね。
さて、椎名林檎である。
『茜さす 帰路照らされど・・・』とは何年の付き合いか。少しでも気持ちが沈めば聴いている。外人タレントがデビューすればすぐに「黒船」と呼ばれるように、椎名林檎もすぐに「アナーキスト」などと呼ばれた。『本能』『歌舞伎町の女王』『群青日和』。平成歌謡の女王であり、ポップを強いられた女。重度のパンク中毒が世間の力で無理やりポップに捻じ曲げられた結果が彼女の音楽人生の一部でもあったと思うが、何よりデビュー当初~事変結成までのあり方は、伝説的なロッカーでもカルト的な人気を誇るひねくれたアイドルでもなく、ひりひりした心を隠すこともしない一個人であって、だからこそ聴き続けることができた。「苦悩」こそが彼女の歌だったからだ。
何しろ膨大な音源があるので、覗いてみると意外といろいろ揃っているのだが、驚くほど素直な歌を定期的にベロッと出すというところがこの人の面白さだと思う。
最近は少し遠くへ行ってしまったが。おそらく『日出処』の『ありきたりな女』がソロ活動終了時の『りんごのうた』の再来であったのだろう。今の彼女は完全に俺の知らないところにいる。
帰りに公園を通ったら、夜桜を観ながら石段に座って一杯やってる二人組がいた。
昼間に大挙して押し寄せる連中より、平日にそんなことをする奴らの方がはるかに何やら桜を大事に思っているんだろうなと思った。
誰にでも自分のルーツをたどる時間は必要だ。人生はその先に伸びているべきだからだ。
なぞろう。