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七梨乃手記

……あなたは手記に食い込んだ男の指を一本一本引き剥がすと、頼りない灯りの下それを開いた。@N4yuta

2015/01/30 朝から逃げ出したくなる夜に

大事と好きの境も分からず、見つめる前に手を出していた。

 何が悲しくてこの冷蔵庫の中にいるような寒さに耐えてこましゃくれた気障りな街を歩かなければいけないのだろう、と真面目に考えていた。

 時間を潰すために入った喫茶店ではギークたちが理想の仕事論を大声で語るためだけにPCで場所を取り、残りのテーブルにはすべて着飾ったOLか、そこを自分のオフィスデスクか何かと勘違いしたサラリーマンが座っていて、気を滅入らせた。誰も寛いでなんかいやしない。昼の延長線上の切れ目を埋めるために止まり木に引っかかっているだけだ。この街の夜は嘘だらけだと思った。

 

 学校に異性がいないこと、親にガチガチに縛られていたこと、英語やいくつかの教科は抜群の成績だったこと、次々にいたずらを思いつくこと、誰よりも悪ガキでありたいと思っていたこと。三人にはそういう共通点があった。雑踏から丸見えの塾の中で、今日はどんな事件を起こしてやろうかとニヤニヤしながら授業を受けていた。女は歯の矯正器具と眼鏡の色を毎週変えてきた。男はより過激なセックスの話を持ち込むために努力した。男はノートの代わりにネタ帳を持参した。誰もグローバル人材になんてなろうとしなかった。面白い木曜日を作れればそれでよかった。

 それでも、乗ったレールには少しずつ差があって、ある時当たり前のようにそんな時間は引き裂かれた。関係も。それでもよかった。その先にあるものを疑っていなかったし、すっかり自分の人生を面白くできる気でいたからだ。何が面白かったのかを考えようともしなかった。大事にする、ということがわからなかったので、とりあえずすべてに好きと言っていた。足りない言葉の代わりが思いつかなくて、とりあえず手のひらで埋めていた。持ち寄った火種を派手に燃やして、その炎と人情の区別も付かずにはしゃいでいた。誰のこともなんとも思わなかった。どうでもよかった。たき火を囲んで手を繋いで回ればそれが仲良しってやつだと考えていた。別れれば二度と会うこともない。その必要性を誰も感じていなかった。

 

 悪友。

 女は本当に欲しかった自分をついぞ考えずに家庭に入った。男は爛れた関係のツケを払い、長く秘めた憧れに触れる機会を失った。男は結局面白い物語の一つも書き上げられなかった。

 それでも社会というエスカレーターはつい、と進んで、機械的にステイタスや階級をもたらす。するするとその上を滑って毎日を生きることは難しくない。大人のふりをすることも。遊びに困ったことなんてない。味方も必要ない。ただ糞をするように罪を重ねて、ままならなさに憤り続けてきた。幼稚さを誇るように、独善を掲げて、報われない道を胸を張って歩いた。何も手に入らなかった。何も積み重ならなかった。暗に軽蔑し合うだけのつまらない大人になったような気がしていた。

 

 恵比寿で一番淫猥な話題の酒席を打って、窓から若手社会人の仮面を投げ捨てた。どいつもこいつもくだらない人生を歩んでいた。どうにもふざけた面持ちで、間抜けな燻りを後生大事に今夜に持ち越していた。アグー豚が燃えて、だらだらと脂を垂れ流した。互いの酒杯を回し飲みして、撮影を頼まれた店員は連射モードで十枚近く同じ写真を撮った。何もかも馬鹿みたいだと思った。嘘は全部脱いで鉄板で焼いて食ってしまった。後には糞ったれの中学生しか残らなかった。生きる意味なんていらねえよ。爆竹でも刺してやれ。馬鹿野郎。真実ばかりの時間を太陽が追いかけてきた。豚の脂でも燃やしてろ。タクシーに女と押し込まれた。襲えとLINEでスパムされた。俺はその画面を女に見せた。お前ら本当にいいやつだな、と女は言った。